サンディエゴで社会人留学→アメリカで就職したMayaのブログ

Maya's Diary in San Diego

27歳の誕生日に「いつか留学する!」と決め、28歳で本当にアメリカに来たMayaの日常。在米2年半。

アメリカに来るとだいたいの人は「ただの人」になる

今日ルームメイトが一人引っ越していきました。元々5週間しかいない予定だったんだけど、あっという間だったなぁ。

アジア人で40代男性。家族は母国にいて、しばらく英語を学んだ後、秋から大学に行くらしい。英語は私が言うのもなんだけど、流暢ではない。時々「大丈夫かね??」と思うことがあったんだけど、なんとなくその理由が思いついた&たぶん今後役に立ちそうだから書いてみる。

 

基本的には明るくていい人だったけど、よくデプレってた。理由は色々。自分の歳と合う友達が見つからない、年下の友人がいるが彼は自分とは友達になりたいと思っていないと思う、母国にいた時は話題の中心にいたのに(直接そういってたわけじゃないけど、要約するとこんな感じ)こっちでは(言葉の壁があって)そうじゃない、自分がその場のムードを壊している気がする、失礼なことをしていたらどうか許してほしいなどなど。。。

これは一部だけど、自分で勝手に色々考えすぎてて、なんだか気の毒だった。

 

なんでこんな風になるかって、たぶん自分のことを「他の人からどう見えるか」で考えすぎだったんだと思う。

彼の話っていつも、「仕事は他の人にスカウトされた」とか「あの人は自分が年上だから友達になるのを嫌がっている」とか自分がどうしたいかよりも他の人からの評価とか目線みたいなものを軸に話していた気がする。(ネガティブな話についてはそんなことないよって言ってほしかったんだとも思うけど)

見方によっては「自慢っぽいなー」と思う人もいると思うし、母国ではそれで上手くいってたんだと思う。

けどさ。

アメリカ人からしたら、色々おかしかったようで。スカウトといっても実際に働き始めるのは4年後とかだから、アメリカ人からしたら「その間に会社つぶれるかもしれないのに本気か?」とか「ビザどーすんの?」とか「友達に年って関係なくない?」とか、わりとリアルなつっこみが入ってくる。

自分はそんなこと考えてなかった上に、他人からそんな見方をされたと知って、焦る。(そして自信喪失)これはもうしょーがない。だって、母国ではどんなにすごい人だったかもしれないけど、ここにいる人にとってはその肩書き自体はなんの意味も効力もないからさ。。。

これはもう事実だしここは母国ではないから慣れる時間が必要なんだとは思うが、結果、デプレってて、もう帰りたいって言ってた。(実際はまだ帰ってないけど)

 

元ルームメイトは、母国では周りから評価される肩書きがあって、それだけで割と生きてこれたんだと思う。けど、その肩書きがなくなって、「ただの人」になった時が「本当の自分」なんだと思う。別に肩書きがなくたって、やってきたことに自信があるならそれでいいし。

けど肩書きだけに頼ってきてた場合。肩書きって他人軸の評価だから、それがなくなる=アイデンティティの崩壊みたいになっちゃう人もいるかもな~

母国では「考え方がアメリカ人っぽい!」とか言われてたそう。そう、母国では「留学」ってだけでなんだかかっこよく聞こえるし、すごそうに見える。けど、実際にこっちにきたら、完全に「ただの人」だからねぇ。特別扱いなんてありえないから。

その現実に気付いていない場合、その落差でしんどくなる人は多いんではなかろーか。

 

どんな状況でも「自分なりにしっかりやってきた」っていう健全な自信が自分を前に進めてくれるんだろうなぁという学びでした。

ルームメイトの話に限らず、最近これ系の話が多くって、だいぶオブラートに包んで控えめにしたけど、自分の気分を晴らす目的もあって書いてみた。

 

ファイナンスの先生が、授業で3つのRっていうのを教えてくれたんだけど。「Reality, Responsibility, Respect」。いい言葉だと思う。こういう風に生きれたらいいなって思う。

 

 

 

 

 

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